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証の決め方

漢方では、疾病を患者の体質や症状から判断することで「証」を決定し、この証に基づいて、漢方処方を投薬します。ここで、『証とは、症候=疾病の進展段階における病理変化の全面的概括をいう。具体的には、病因、病位、病性、正気と邪気の力関係等を概括する。』というわけです。

 

このように薬を処方する際に、「患者さんの証を決定して漢方薬を出す-随証治療」、「頭が痛い、熱がある、吐き気がするなどの症状から決定された病気に対して処方する-病名治療」と大きく2つに分類されますが、後者は、西洋医学の治療の基本となっているところです。

この漢方の随証治療を教えてくれるのが「傷寒論」「金匱要略」「勿誤薬室方函口訣」などの治験例となるわけですし、教科書的には「漢方は証に基づいて方剤を決定する医学」であり、そうであるべきです。

 

ところが、証が確定されなくても処方は可能です。

すなわち、漢方薬でも症状から薬をだすことができるのです。その場合、漢方生薬単味の気(薬の性質=寒熱温涼)と味(薬の味=酸苦甘辛鹹)とそれぞれの生薬の薬理作用、副作用を知って、なおかつ葛根湯、六君子湯、当帰芍薬散、加味逍遥散などの様々な漢方薬の構成内容や君臣佐使などの薬味の組立を知っておけば処方できるのです。

この時、それぞれの生薬、たとえば人参、茯苓、桂枝、黄蓍、地黄などについての情報は、「神農本草経」や「本草備要」「本草綱目」などを見ればわかりますし、生薬の特性を知るということが重要になります。

 

冷えのある人に冷やす働きのある生薬で構成された寒性の薬を出したり、熱のある人に温める働きのある生薬で構成された熱性の薬を出したりすると誤治になります。前者には辛温剤を加えるとか、後者には苦寒剤を加えるとかして、薬性を調整することができれば、誤治にはならないでしょう。

また、虚実に関しても、体力を補う働きの補剤、病勢を鎮める瀉剤をうまく使いわけると誤治にはならないでしょう。

 

このことを、もう少しわかりやすく、このように考えてみましょう。

たとえば、漢方処方Xは、構成生薬として、A、B、C、D、Eの5種類を煮出して作られたものとしましょう。この時、この漢方処方Xの働きや作用を知り、どの様な人に、どのような状態の時に使うのかを知ることは当然ですが、そのもともとの構成生薬であるA、B、C、D、Eについての情報も知らなければいけないのです。

そして、処方Xが、A、B、C、D、Eという生薬で構成されているからには、この構成生薬のそれぞれの働きから漢方処方Xの働きが導き出されていると考えられるのです。

複合体としての処方Xの新たな働きと同時に、それぞれの構成生薬の性質もそこに含んでいるというわけです。

 

しかし、随証治療としての漢方処方を、その構成生薬から応用して投薬するためには、その背景として自分の頭を使って仮説を立てるために、漢方治療の証の決定法である代表的な弁証法を理解しておかなくてはなりません。

 

弁証の方法には主なものに八綱弁証、臓腑弁証、経絡弁証、病因弁証、気血水弁証、六経弁証、衛気営血弁証、三焦弁証があります。


気血水弁証

 

気血水弁証は、患者さんの症状の原因を、気・血・水で見ていく方法です。

ここで、気とは、持って生まれた生命エネルギーであり、体にとって一番大事なものとされ、気と体調には密接な関係があると考えます。

また、血とは、たとえば、血液循環の滞りで、肩こり・腰痛・頭痛・生理痛を判断したり、血虚(血の不足)で、肌荒れ・あかぎれ・かかとのひび割れ・皮膚の乾燥・かゆみが出やすくなると診断します。

さらに、水とは、リンパ液・汗・唾液・痰・鼻水・尿などの過不足や代謝のバランスが体調に変調をきたすと考えます。

ここでは、気・血・水が過不足なく、滞りなく巡るのが健康な状態と考えられます。

 

<気の異常を見る>

気虚(気が足りない)、気鬱(気が停滞)、気逆(気が逆行)の三種類があります。

気は体の中心から末梢、上から下へと流れていると考えられています。

気虚=元気がない、気力が出ない、体がだるい、疲れやすい、疲労倦怠感、食欲がない、日中や食後に

   眠くなる、風邪を引きやすい

気鬱=憂鬱、落ち込む、喉や胸やお腹につかえる感じがある、お腹が張ってガスがたまっている、ゲッ

   プが出やすい、頭重感

気逆=いらいら、興奮しやすい、顔が紅潮しやすい、手足は冷えるが上半身や顔はのぼせる、動悸がし

   やすい、焦燥感、落ち着かない、不眠、ストレス、つまり気の異常は身体面に多大な影響をおよ

   ぼします。

 

<血(けつ)の異常をみる>

血虚(血液が足りない)とは、顔色が悪い、皮膚や粘膜が乾燥しやすく痒くなる、あかぎれ、かかとのひび割れ、脱毛、爪が割れやすい、目が疲れやすい、足がつりやすい、ドライアイ等の原因と考えます。

 

瘀血(おけつ:血流の滞り)とは、目の下のくま、シミ、二の腕の鮫肌状の肌荒れ、歯茎の色が悪い、下肢の静脈瘤、痔、月経不順、月経痛、肩こり等の原因と考えられます。

血流の滞りになると血液がドロドロの状態になり、下腹部に抵抗や圧痛が出やすくなります。

血流は気の流れの影響があるので、同時に治療するとよいのです。

 

<水(すい) の異常をみる>

水(血液以外のすべての水分)の過不足・偏在によって体に異常が出る

水毒(or水滞)とは、むくみ、めまい、鼻水、痰、嘔吐、下痢、便秘、お小水が多い・少ない、汗が多い、関節の腫れ、お腹・胃でチャプチャプ音がする、舌がむくむなどです。

水はけをよくするために処方しますが、漢方では利尿剤といわず利水剤と言います。利尿剤に比べ、体の水分を出しすぎるということはなく、ちょうどいいところに調節するという意味で利水剤というのですが、漢方のすぐれているところです。

 

六経弁証

 

『傷寒論』では、“傷寒”と言う熱性の病の進行段階を太陽・陽明・少陽・太陰・少陰・厥陰の陰陽の六段階に分類しており、それらの病状のステージに応じた薬が用意されています。六経弁証とは、

この理論をもとに病状を分類判断する診断法です。

たとえば葛根湯を挙げるならば「傷寒論」の太陽病の中編で、「太陽病、項背強几几、無汗、悪風、葛根湯主之。訳:太陽病で項背が強ばること几几(シュシュ)として、汗が無く悪風すれば、葛根湯之を主る。」  

方一。葛根湯方、葛根四両 麻黄三両去節 桂枝二両去皮 生姜三両切 甘草二両炙 芍薬二両 大棗十二枚擘 右七味、以水一斗、先煮麻黄、葛根、減二升、去白沫、内諸薬、煮取三升、去滓、温服一升、覆取微似汗。余如桂枝法将息及禁忌、諸湯皆倣此。

という有名な条文があります。

この太陽病は、六経弁証の最初に出る病症です。

 

◇ 太陽病:「太陽の病は、脈浮、頭項強痛し悪寒す。」

◇ 陽明病:「陽明の病は、胃家実是なり。」

◇ 少陽病:「少陽の病は、口苦く、のど乾き、目くるめくなり。」(目眩:めまい)

◇ 太陰病:「太陰の病は、腹満して吐き、食下らず、自利ますます甚だしく、ときに腹自ら痛み、若

      し之を下せば、必ず胸下結鞕す」

      (自利:自然に下痢する。胸下結鞕す:みぞおちが硬くなる。) 

◇ 少陰病:「少陰の病は、脈微細、ただ眠らんと欲す。」

◇ 厥陰病:「厥陰の病は、気上りて心を撞(つ)き、心中疼熱、飢えて食を欲せず、食すれば吐き、之

      を下せば、利止まらず。」

 

『傷寒論』の内容は、極めて実用的で、経験医学に基づき、理論を展開することもなく、「この病気にはこの処方」と、原則を指示しているだけですが、それがかえって現在においても色あせない物になっていると言われています。

『黄帝内経素問』や『陰陽五行説』と比較して理論が甚だ貧弱に見えるかもしれません。実用医学を疎んじ、高遠な学説を論ずることを学問と心得る中国思想の中にあっては、これらの文献は「湯液の聖典」と尊ばれてはいながら、その方法論はついに近世にいたるまで主流を占めることはなかったといいます。

むしろ、その本来の姿は、かえってわが国に伝来した後、江戸時代に整理、研究されて、より高度な医学に昇華されて今日の日本伝統医学となったと言われています。

 

中医学で八綱弁証、臓腑弁証(陰陽五行説)、経絡弁証は三大弁証といい、なかでも八綱弁証は診断の綱紀ともいわれています。

八綱弁証は、四診で得られた情報を分析し、「陰・陽・表・裏・寒・熱・虚・実」八つの症候に概括することによって、病位、病性、正気と邪気の力関係等を判断する弁証方法です。表裏は病気のある場所、寒熱は病気の性質、虚実は病邪の盛衰と身体の正気の強弱を表し、陰陽はこれらの総括を表す概念です。陰陽は他の六綱を総括するために、八綱の総綱といわれます。すなわち、表・熱・実証は陽に、裏・寒・虚証は陰に属します。

さらに、臓腑弁証では、八綱弁証を各臓腑に対して具体的に運用します。

陰陽五行説と臓腑弁証を利用して病気を分類しタイプ分けするので理論的で分かりやすく証の決定が治方すなわち処方と結びつくため便利です。

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